夜鳥通信

会社員、絵描き、占い師、模型師のブログ

東京裁判

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渋谷ユーロスペース

長かった。

5時間、何度か気が遠くなった。

天皇の戦争責任を回避させようとするアメリカの主旨描写がメインかな。

連合国側でもアメリカ、ソ連の仲違いが始まり、それが裁判に反映、推移するのがおかしい。

NHKあたりで八月に5回シリーズて流せばよかったのに。

アメリカ政府の茶番に首席判事まで反感持ってたのはおかしい。裁判官としてはまともってことですか。パール判事は日本の戦争責任を否定したのではなく、東京裁判のおかしさ歪さを指摘してたのね。

終盤の東條英機の答弁が聞きどころ。なかなかまともなこと言ってた。

途中で陸軍側の内部告発者として

田中隆吉が証言してる。

「日本軍閥暗闘史」(だったかな?)をだいぶ前に読んでて、ああこの人かと。

この裁判、軍部、政府、皇室は追究されてるけど、財閥(これは財閥解体である程度は解消)、官僚、マスコミの追究が不十分だったのね。

ここにいる人々に関係する人々(見える、見えない人)が、結局今もいろいろうごめいているんだなとあらためて思う。



ワンスアポンアタイムインハリウッド

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新宿ピカデリー

これはSFなんだよね。

筒井康隆を思い出す。

全体にタランティーノくささが

少ない気がして良かった。

小津の映画みたいだった。

まあまあ。

ブラッドピットの抜けっぷりがまあいい。

ブルースリーに対する扱いにはいたって共感。

ガチでやったら、ジャイアント馬場高見山には敵わんだろうなあ。

鈴木清順の「けんかえれじー」みたいなもんで。

早稲田乞食(ワセコジ) 展 @中野

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大学で所属していたサークルの展示会。

30年以上前に描いたイラストとか、

懐かしく。

記事内容は今の一般雑誌より

よっぽどアナーキーな感じがする。

裏どりはしてるかどうかは不明だが、

今では書けないこと多々ありました。

肖像権とか著作権も知らんがなの頃。


取材、原稿、イラスト、レタリング、

レイアウト、入稿、販売。

文字はロットリングで手書き。

年5回発行で売上げで印刷してたんだから

よくやってたなと思う。

NO活字、

NOコンピュータの時代。

クィーンのNOシンセサイザーみたいだ。

 

30年ばかり以前。秋葉原の某大手印刷会社に持って行ったら、

学生が作って売って14年も維持してるのを驚かれた。


現役部員は実動、四人。

現三年生から一年生の合計で。

絶滅危惧種並みになってる。

学校の側の書店には卸してるが、

学内の出店は人がいなくて場所時期不定とのこと。発行部数は100部。

今回は学校の倉庫にあった過去号を

公開することが主旨とのこと。


初めて知ったのは、

大学の受験で泊めてもらった友達のアパートで見かけた41号だった。

リベラルだなと思った。

この編集部にいて

いろんな人に出会えたことが

東京へ出て、大学に入ったかいの

一つだなと思う。f:id:tienro1:20190909103117j:plain


2020東京五輪=大日本帝国陸軍インパール作戦

2020年の東京オリンピックで起きたことを、

ちゃんと全部、後世に残すために問題点や不祥事のアーカイブ化を。

〇大会運営の話
●開催中の暑さ問題
●五輪エンブレム盗用 ー 佐野
●不正誘致の疑惑 - 竹田
●チケット販売騒動
●公共交通機関の問題
●その他 運営の話

〇ボランティアの話
●やりがい搾取の問題
●ボランティア運営の闇 - 竹中 パソナ
●学生ボランティアの問題
●人が集まらない
●ボランティア研修

●ボランティアユニホームのデザイン

〇建物や工事の話
●現場が過酷で大変
●新国立競技場が不便過ぎ問題
●材料のボルトが足りない問題
お台場海浜公園の水質問題 
●明治公園のホームレス強制排除

〇お金の話
●誰のお金で開催するの?
●景気が良くなるのか問題
●五輪の影響で値上げするモノ
●コンパクト五輪として招致
●その他 お金の話

〇その他全般の話
●本当に"復興五輪"なの?
●五輪に向けて規制や禁止するモノ
●五輪に向けて規制緩和するモノ
サマータイムを導入する話
●開催中は首都高を値上げ
バリアフリーが足りない問題

〇資料室
●資料・画像のアーカイブ
●時間がない人向けのコピペ
●カテゴリ画像は無断使用OK
●1964年はどうだったの?